地域の話題

爆発更新を続ける桜島火山への想い

株式会社 国土技術コンサルタンツ
 照査室長 福田 俊仁

桜島

 鹿児島市の東方4kmに位置する桜島は、約13000年ほど前に姶良カルデラの南縁部に出現したと言われている。鹿児島県本土中心部にあった姶良火山が、今から2万5000年ほど前、大爆発を起こし、多量の火山灰や火砕流を放出した。巨大噴火に伴って火山周辺は陥没し姶良カルデラとなり、鹿児島湾奥部ができたと言われている。この時の火砕流(入戸火砕流と言われています)により、県内本土の大部分と、宮崎・熊本両県の一部までに広がる壮大なシラス台地が形成された。又、大量の火山灰は偏西風に乗り、遠く関東地方丹沢までも運ばれ、AT層(姶良Tn火山灰層)と呼ばれる地層の年代決定を決める鍵層(考古学では後期石器時代の前半と後半の区分の指標としている。)になっている。

 姶良カルデラに誕生した桜島は、今から6000年ほど前まで北岳の噴火により成長を続け、休止期に入り、4000年ほど前から南岳によって、再び活動が始まり現在に至っている。桜島火山は有史以後4回の大噴火を起こしている。噴出した溶岩は文明溶岩(1471年~1476年)、安永溶岩(1779年)、大正溶岩(1779年)、昭和溶岩(1946年)と呼ばれ、それぞれの噴火で噴出された溶岩流や火砕流などによる多くの人的被害や家屋などの被害が記録されている。この時の大噴火による軽石や火山灰は風に運ばれ遠く広く分布堆積した。

 中でも大量の溶岩や火砕流で8つの集落を消失し、死傷者170名、消失家屋2268戸の大災害を起こした大正の大噴火では、桜島は大隅半島と陸続きになり、1万人以上の住民が島外移住を余儀なくされた。

鹿児島気象台の記録によると桜島の活動状態は、静穏化と活発化を繰返している(1995年~2010年の56年間の内、爆発回数50回未満/年が13年、200回以上/年が16年)。

噴火回数
(※鹿児島気象台調べ)

 21世紀以降は2000年の169回以後、次第に爆発が減少し2008年には、年29回になった。南岳の活動が静穏化する中で、昭和大噴火火口近くの南岳山腹に新しい火口(2006年6月)が開き、ここでの活動が顕著になってきている。2009年4月9日に中規模の爆発的噴火では、噴煙高度4000m以上に達し、火砕流が1km流下した。今年の爆発回数は8月2日現在で679回に達し過去最高を記録し、その殆どが昭和火口での噴火になっている。  桜島は霧島、桜島、指宿、開聞岳、トカラ列島へと続く火山フロントの中心部にあって、今尚活発な噴火活動を続けていることや、目前に広がる穏やかな錦江湾や周囲を取り巻く地形と調和した秀麗・勇壮な容姿により、観光鹿児島のシンボルになっている。夏場の錦江湾遊覧船観光や、四季折々変化する景観、ここで開催されるイベントなどが貴重な観光資源としての役割も担っている。又、観光客や、地元で育った人の郷愁の対象としての桜島の存在も大きい。「大河ドラマ、篤姫」の輿入れの思い出の屏風絵は桜島をモチーフにしたものであり、福岡藩士平野国臣は尊皇攘夷にかける胸中を桜島の噴煙に託して和歌を詠んでいる。維新の英雄・西郷は安政の大獄で追われた僧月照と伴に桜島の目前の海に投身し、蘇生した。桜島噴火がもたらす火山灰は、生活面では不便で不快なものであるが、鹿児島県下の農地に鉄などの有用で豊富なミネラルを供給することで土壌を肥沃化する効果ももたらしている。桜島では、ビワや桜島ミカン、桜島大根など、他地域に類を見ない農産物が生産され、経済浮揚の一翼も担っている。

 桜島には、観光資源や生産資源としての安定した存在や、大規模噴火が発生した場合の安全な防災対策や緊急避難対策などが求められているところである。営農面における活動火山周辺地域火山防災営農対策事業や、国においての火山防災をソフト・ハード両面から対策する火山砂防事業による取り組みが鋭意推進されている。

 景観や観光を増進する為の程ほどの爆発と噴煙が、地域内外の人々の誰もが、桜島に希求している思いであると思料する。

※参考文献:
・鹿児島気象台桜島の月別爆発回数について
  (http://www.fukuoka-jma.go.jp/kagoshima/vol/data/skr_exp_num.html)
・「大隅河川国道事務所」桜島の歴史   (http://www.qsr.mlit.go.jp/osumi/sabo/rekishi/aramashi.htm)

(平成22年8月31日掲載)